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行き先を巡って初喧嘩と初ロングツーりングの話 [RTとの思い出]

かれこれ5年前のことです。
前年の12月にRTが納車され、ちょこちょこ関東エリアを走って距離を
伸ばしていましたが、京都日帰りよりも遠くへ行きたくなった旦那さん。
3月初旬の週末、奈良明日香村への日帰りを前触れもなく振り出したもんだから、
さぁ~大変。
この当時はETCは未搭載だし、いきなり言われても素直に首を縦に振れません。

あーた、奈良ですよ、奈良??
鹿も大仏も大将もいる奈良ですよ?
京都や滋賀や名古屋よりも遠い奈良ですよ?
それも日帰りですよ?

はい、はい、行きましょうねぇ~
なんて、ルンルン気分で行けるわけないじゃないですか?

それから丸一週間は冷戦状態でしたが、
その2週間後には休戦協定を結び和歌山・那智勝浦へ向かっていました。
(日帰りでなく宿泊するということで手を結びました。)

その時はまだウェアも今のような致せり尽くせりではなかったけど、
バイクで京都よりも遠くまで行けるもんなんだと素直に思いました。
考えてみれば京都日帰りしてるんですよね、でも、何故か躊躇したんですねぇ~

当時走行したルートは、

東名町田横浜→名阪国道→西名阪→阪和道→湯浅御坊道路みなべ→海沿いの国道
を経由して那智勝浦まで走りました。
まだナビもなく湯浅御坊道路のみなべICに下りたとき、那智勝浦まで100キロ越える距離を見て、
唖然としたのも事実でした。
あまりの無計画に旦那も私もボーゼンとしながら勝浦の宿まで必死こいて
RTを走らせ、5時過ぎに宿に到着した記憶が残ってます。
初のロングで天気は雨、夕方近くまで降られました。

3月下旬、まだ寒い時期でしたが翌日の日曜日は好天で、
防寒ウェアだと汗ばむくらいでした。

那智勝浦 024.jpg

勝浦の漁港や那智大滝を見物したり、
那智勝浦 038.jpg

地元の銘菓や梅干しを買ったりと、駈け足の割には、
昼過ぎまでのんびりと過ごしました。

大宮大台へ行く途中、道の駅紀宝でウミガメを見てリフレッシュ
那智勝浦 058.jpg

帰路は紀勢道の大宮大台から伊勢道→東名阪→伊勢湾岸→東名で戻って来ましたが、
大宮大台から晴天が一気に暗転し叩きつけるような暴風にさいなまれ、
走行するのもままならないほどになり、松阪SAで休憩。
風が収まるまで休憩のつもりが、今度は突然の雪。
さすがに暴風がなんて言ってられず、慌ててRTに乗り込み、降り出した雪の中を走りだしました。
幸か不幸、雪が降り出したおかげで叩き付けられるような暴風も収まり、路面が積もりだす前に
何とか鈴鹿まで辿りつきました。
が、運悪く雪が降り続く中、渋滞に嵌ること数十分。(すり抜けはよほどの場合のみ)
二人のウェアには降り積もる雪、このままだと笠地蔵になっちゃうねと心配した矢先に、
何とか渋滞から脱出出来き、また鈴鹿を過ぎたら雪も止みました。
しかし、まだ強風は残り、最後のヤマ場である伊勢湾岸を必死に耐え、ようやく東名へ。

ここまでの間、旦那ライダーはどえらい疲れたと思います。
クロカン四駆時代、尻尾振って走っていた天候を体で受け止めることに必死だったと思います。
東名に入り今までの風向きと違うことに気付いた旦那ライダーはこれなら行けるぞと踏み、
走り慣れた東名を何事も無く走り抜け、自宅横浜へは0時頃の帰宅になりました。
RTで行く初めてのロングでしたが、遠くへ行けば行くほど自然の脅威と背中合わせなのだと
再認識したのも事実でした。
それでも、次のロングが楽しみになったのも、この経験あってこそかもしれません。

余談ですが、
この年、GWに四国上陸し、尾道・道後温泉・沈下橋見物ととても楽しい時間を過ごしました。
が、又しても帰路は悪天候と背中合わせの北上となりましたことも付け加えておきます。
すんげぇ~強風で深夜の大雨で40キロ規制の大鳴門橋と淡路島通過にはべっくらこきました。
翌日には大鳴門橋の二輪通行止めになるほどの悪天候だったので、
よく頑張ったなぁ~と今更ながら思います。

どんな悪天候も時間が経つにつれ、楽しい思い出に変わってしまいます。
これがあるから、走ることがさらに楽しくなったのでしょうか。

あれから数年...
明石日帰りもしましたが、不思議なことに奈良は未だに通過点のみです。
何故なのか?これも判りませんが...
もしかしたら、旦那の恨みかしらん・・?(爆)

この当時、距離感欠乏症罹患前の初々しい私達がいました。。
今じゃ末期的距離感欠乏症も収まりつつあることを併せて記載しておきます。


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リターンバイクの思い出 [RTとの思い出]

「エンジンかかりました。」で皆さん、沢山のポチ有難うございました。
まだ暫くはネタ提供出来そうなので、これからも宜しくお願いします。

たまにはRTに乗り換える前のバイク達のお話をしてみようと思います。

旦那ライダーも実は23年ぶりにバイクへのリターンしました。
結婚する前はYAMAHAのXT250とHONDAのCBX400(今のゾク車)に乗っていました。
そして、

リターン1台目がコレ↓
HONDA CRM250

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タンデムシートはおばさん専用シートに改造した後。

子供が出来てバイクから降りて23年ぶりにクラッチ繋げるかな?と不安を持ちつつ、
エンジン掛けて走りだすときはきっと心臓がバクバクしたのでしょう。
その後、ディーラーでCRMを引き取って自宅に戻るまで右折避けてましたもん。
車では異常な距離を走っても、やはりバイクで同じ道を走るには恐怖感があったみたいです。
でも、そこは乗り物フェチ、気合いで毎日走り周り、再び、バイクで走る楽しみを見出したのでした。
その当時でも、昔に比べて路肩駐車多くなったと、嘆いていたのは今でも私の記憶に残ってます。

CRM250、なかなか面白いバイクでした。
私が重いのでよくフロントが浮き上がり、それを見た見知らぬ子供の
あんぐりした顔、今でも脳裏に焼き付いてます。(爆)

CRMは水冷の癖にラジエーターがないので、RTよりも上がるのが早い。(爆)
高速じゃ遅い、おケツの大きいおばさんとタンデムするにはシートが小さいなどなど、
があり、結局、半年で手放してしまいました。
元々、オフ乗りだったのでCRM250を買ったスケベ心がアダになりました。(爆)

2台目は当時流行りだったYAMAHAマジェスティ250

PB020018.JPG

一番の遠出が飛騨高山。勿論1泊でしたが、帰路のR158を登らなくて後続車に
煽られるのが旦那にとっては屈辱だったらしい。(爆)

スクーターを選んだ理由はタンデムするには一番楽そうだったかもしれません。
当時、高速はタンデム走行禁止でしたから大型バイクへの憧れはまだないみたいでした。
300キロくらいしか走っていない中古車でしたが、手放すときには2万キロに達していました。
マジェスティは身長187cmの旦那が乗るにはかなり小ぶりでしたが、
意外にもベストポジションのシート高だったようで、ソロで四国から走った翌日でも
疲労感なく乗れた1台だったようです。
当時はどこに行くのも一般道しか走れず、朝早くから夜遅くまで人間もバイクも
一生懸命走っていました。
雨に濡れるのは仕方ないけど、カッパを持っていながら着せてくれないことで、
路肩で喧嘩したこと、懐かしい思い出です。

3台目はHONDA 銀翼400
中型免許しかないので、仕方なく。(爆)
スクーターの中で単気筒でなかったのもコレだけ。(爆)
400に買い換えたのはタンデムで高速走行が可能になったからです。
でも、旦那は運転は楽だけど心ときめかなったらしいです。
4月に買い換えて、同年12月にRTへ乗り替えましたが、
手放すときは2万キロほど走っていました。

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銀翼の後ろは琵琶湖です。
これまた、当時、琵琶湖の里山の風景が見たくて泊りで行きました。
この頃、RTへの憧れはありましたが、バイクの癖に高額で、
清水の舞台から飛び降りる勇気はまだありませんでした。

しかし、乗れる時に乗りたいという気持にほだされ、
旦那ライダーを思いっきり奈落の底に落とし、現在に至ります。

リターンライダーになってようやく4台目にしてRTへ。
あと、どのくらいRTで走れるか判りませんが、
楽しめるうちに走り続けようと思います。


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日本大正村へ行く [RTとの思い出]

RT購入して1年目の晩秋の頃です。
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恐らく、前出の和田宿ツーリングとほぼ同時期かもしれません。
この頃はETCも非搭載。せっせせっせとプロパーな高速料金を毎月払っていたような
苦い思い出もあります。(爆)

昭和のレトロな町並みならラーメン博物館で見た。
明治村も攻めてみた。ならば、次は大正だな...のノリです。(いつもの馬鹿夫婦全開)

日本大正村公式サイトはこちら
http://www.nihon-taishomura.or.jp/contents/index.html

大正風に新築したおもちゃ資料館(くうう、騙された)
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渡り廊下のある道
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中馬街道をまたぐ渡り廊下。

日本風景街道の説明によると、
中馬街道とは三河湾でつくられた塩を山間部へ運ぶための「塩の道」だったそうです。
矢作川を川舟で上り、古鼠(ふっそ=現豊田市)で荷揚げされた塩は、
足助の塩問屋で荷直しされ、信州方面へ中馬によって運ばれていました。
中馬とは、江戸時代の中ごろ、信州でつくられた馬の背で荷物を運ぶ人々の組合のことです。
だそうです。
また、松本から糸魚川へ抜ける千国街道も塩の道と呼ばれてますね。

大正の歯科医院跡
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逓信資料館
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微妙に懐かしい雨戸
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まだまだ見所いっぱいの大正村
散策しながらレトロに浸って下さい。
ポイントポイントにはこのように看板が立ってます。
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明智鉄道の明智駅
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駅舎内も資料室
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明智鉄道
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国鉄明智線を引き継いだ第三セクターの明智鉄道は岐阜県恵那市大井町(中央線恵那市)を起点に
恵那市明智町に至る東美濃地方の高原地帯を縫って南下する全長25.1kmの路線だそうです。

懐かしさ溢れる大正村、アッと言う間に散策できます。
是非、どーーーぞ!!

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中山道 和田宿へ行く [RTとの思い出]

時は晩秋。
徘徊した後、辿り着いた中山道29番目の宿場和田宿。
妻籠、奈良井、馬籠のような観光客も少ないひなびた宿場です。
しかしながら、中山道最大の和田峠(1531m)への入り口に属した和田宿は
最大の難所を登る旅人達が多く利用したと言われています。
次の宿場である下諏訪宿までは約五里半、さぞかしこの宿場で当時の旅人は英気を
養ったことでしょう。

恒例の和田宿マンホール
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国史跡 和田宿本陣 皇女和宮降嫁の際の宿泊所
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国史跡 歴史の道資料館「かわちや」
旧旅籠「かわちや」
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信定寺
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連子格子のついた旅籠様式の民家
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中山道を示す標識
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道祖神
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街道特有のうねりのある道
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高札場跡
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レトロな店先
(旦那ライダーが振り回しているのは和田宿で購入した有精卵の卵。)
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歴史を感じさせる旧家
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ひなびた宿場散策は是非、徒歩でどーぞ!
バイクや車は和田宿入り口にある国道142にある
「道の駅和田宿ステーション」が利用できると思います。

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日本のチロル 下栗の里へ行く [RTとの思い出]

RT経費にちょっとだけupしてある「日本のチロル」をぷちクローズup(爆)

下栗の里全景
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下栗地区へのアプローチはやや複雑
なので、下栗の公式サイトからアクセスを確認してください。
また、しらびそ高原からもアプローチ出来ますが楽石も多く、
路面も結構荒れてました。
割とスリリングな道なのでマニアックの方、向きです。
我が家はしらびそ経由で1回、めちゃくちゃ判りずらい矢筈トンネル経由で2回。
矢筈トンネルは三遠南信自動車道の一部ですが、私たちが通行したときは無料区間でした。
つーか?いつこの道路は完成するのだろうか?

矢筈トンネル全長約4.2キロ
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下栗地区公式サイトはこちら
http://www.shimoguri.com/

傾斜40度余りの山肌にある下栗地区。
谷底に向かって標高800~1000mの間、
言って見れば棚田のような斜面に集落があります。
この下栗の地は日本の原風景が日本のチロルと呼ばれる所以なのかもしれません。

下栗の里に上がるにはトルクの薄いRTではちとキツイ。
つづら折の狭い道が半場まで続く
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まして路面は狭く大型のRTでは切り返しの厳しいカーブもある。
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RTの背から下界を覗きこむと谷底に吸い込まれそうになり、
タンデマーと言えども油断は出来ない。(爆)
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一気に上がりこむと里唯一の食事処「はんば亭」がある。
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昔、ハイジやクララだったおばあちゃんたちが元気に切り盛りしている。
蕎麦も天ぷらも素朴で美味しい。
そして、下栗名産の二度芋(二毛作のことね)の味噌田楽。
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これがまた、素朴な味わいで旨い。
芋の田楽なんて普通は無いので目から鱗だったなぁ~
えごま味噌と二度芋のコラボ、これは是非お薦めする1品です。
ただし、はんば亭の営業は週末のみ。お気を付け下さい。

よくぞ、この地に移り住み、田畑を開墾した里の住人に敬意を表します。


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安土城天主 信長の館へ行く [RTとの思い出]

2年ほど前のことです。
セビリア万博に出展のために作成された安土城の天主閣を
見るだけに行って来ました。
展示されているのは安土城の5,6階部分です。

世界で最初の木造高層建築といわれ、高さ約46メートルあった安土城
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5階は天界をイメージした正八角形の通称「八角の段」
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6階は道教、儒教の思想を描いているのだそうです。
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かなり期待して行ったんですが、少し拍子抜けしたのは確かでした。(爆)
それでも、信長が天下を手中に収めていたらどんな風に歴史が変わったのかな?
と再現された天主閣を眺めがら妄想ふけるのも面白いのかもしれませんね。
私たちが訪れたときは見学者はほとんどいませんでした。しかし、
現在は某国営放送の大河ドラマの影響で見学者、少しは増えたのでしょうか?
やや気になるところでもあります。(爆)


走行時間の割にサクッと見学し、不完全燃焼を補うために
滋賀竜王から知多半島の師崎を経由して自宅横浜に戻った記憶があります。
今も昔もアホ丸出しの夫婦です。

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